皆さま こんにちは。心の学校キャンパススタッフの加藤です。
本日、ご紹介するうつ病だったT・Sさんは幼少期に父親からたたかれてきた経験をお持ちでした。そのため父親とはずっと仲が悪く、表面的な付き合いだけをしていました。
この父親への思いが、「佐藤康行 真我メソッド(YSメソッド)に取り組む中で「生命の観点」からの気づきを得た時に感謝に変わっていかれました。
「今の自分があるのは祖先や両親が命をつないでくれたお蔭」「両親がいなければ私が今ここにいることはなかった」この想いがご自分の中に現れた時、回復がぐんぐんと進んでいきました。
回復のかぎは「生命の真実」に気づくことでした。
心の自然治癒力とは、頭の世界である顕在意識や無意識の世界である潜在意識のさらに奥にある「生命そのものの働き」のことをいいます。
心のわだかまりとして自分を苦しめる出来事があったとしても「生命の観点」からとらえていった時にその出来事の奥にある本当の姿がみえ、心は苦しみから解放されていきます。
◆仕事と責任の重さに追い詰められた◆
私は北関東の建設会社で働いています。高校から専門学校に進み、就職した会社でした。それまでは仕事も順調に推移し、良い形で働くことができていました。
妻子にも恵まれ、順風満帆な人生でした。しかし、30代も後半となり、私は責任ある仕事を任せられる立場となりました。
現場監督として多忙な日々を送ってきたのですが、2年前に部長職を拝命し、責任はさらに増していきました。次第に周囲の状況が見えなくなるほど忙しく、追い詰められていき、最初に出た症状は、不眠です。
心療内科を受診したのですが、その頃の私は全く生気の抜けたような顔で、同僚に何を聞かれても返事はうつろ。はい、ともいいえ、とも判別できない曖昧な返事しか返せなかったようで、周囲からすれば明らかなうつ状態になっていました。
体重4-5㎏は落ち、そしてついに会社で倒れた私は、休職して自宅で療養せざるを得なくなりました。そんななか知人を通じて知ったのが佐藤康行メソッドでした。
◆自分があるのは両親のお蔭◆
こちらではとにかくカウンセラーの方が私の話をしっかり聞いてくれ、話しをしている時は本当に安心しました。
最初に受けた2日間集中カリキュラムでは、大きな波のようだった感情の起伏の波が、だんだんと緩やかになり収まっていくような感覚をうけました。
そして私は、若くして亡くなった母のことを思い出したのです。
母は優しい女性でした。私がうつを発症したのは39歳で、思えば母が亡くなった時の年齢は同じ39歳です。もしかしたら、母がうつから立ち直るように導いてくれたのかもしれない。そんな思いが湧いてきました。
幼少期、私は父に叩かれて育ちました。父とはずっと仲が悪く、表面的な付き合いだけをしてきたのですが、父への感謝の気持ちが溢れてきました。
今の自分があるのは、先祖や両親が命をつないできてくれたお蔭。
両親がいなければ私が今ここにいることはなかったという想いが、ぐさっと心に突き刺さるように私の中に現れたのです。
今、当時の記憶を思い返してみると、父は私に「自分で考えて生きていけ」というメッセージを送っていたのでしょう。その気づきで心境が変化するにつれ、私はぐんぐん回復していきました。
◆相手の気持ちが分かるようになった◆
今ではうつも不眠もすっかり良くなり、やる気と前向きさが出てくるようになりました。以前の生活リズムを取り戻し、朝は普通に起きられます。
振り返ってみると、私は会社の同僚に対して「この人はこういう人だ」とレッテルを貼っていました。しかしYSメソッドを受けたことで相手の真の心が見えるようになると、本当は同僚たちも仕事に対して誠実に向き合っていたのだと、より理解できるようになりました。
実は最近は、自転車の趣味も始めたんです。それにずっと音沙汰のなかったバンド仲間から急に連絡があり、またバンドをやろうという話が舞い込んできました。
職場へも、まもなく復帰できます。ここまで元気になった私のことを、家族もとても喜んでくれています。
いかがだったでしょうか。両親の愛に気づき、苦しかったトンネルから出ることができたT・Sさん。両親の愛に気づくことができなかったら、今も苦しんでいたかもしれません。
YSメソッドに出会い、ご自身の人生を取り戻すことができ、人生を楽しんでおられるT・Sさんのお話を最後までお読みいただきありがとうございました。
心の学校キャンパススタッフ 加藤奈保子
