心の学校に寄せられた、受講生の方の体験談をご紹介します。
今回は、47歳のM・Tさんのエピソードをご紹介します。
放射線技師として責任ある立場にありながら、過重労働と「認められたい」という強い思いから、ある日突然、心が悲鳴を上げたM・Tさん。躁うつ病の発症、失職、そして家族にさえ拒絶されるというどん底の淵に立たされました。
「帰りにどこかで死のう」と決めて向かった満月メソッドの講座で、彼が見つけたものとは何だったのか。薬を手放し、家族や職場に笑顔が戻るまでの、劇的な再生の道のりをお読みください。
M・Tさん(群馬県・47歳・男性)
私の仕事は、放射線技師で、レントゲン写真を撮影したり、超音波検査を行うのが主な業務です。実は4年前、以前勤めていた病院で躁うつ病の躁を発症し、15年間勤めていたその病院を辞めなければならなくなりました。
当時は、中間管理職で部下が十数人おり、実質上部署を任されていました。とにかく、「認めて欲しい」という気持ちが強く、なんでも仕事を引き受け、出世したいという思いでやっていました。
夜中の1時、2時くらいまで仕事をしていたある日、頭の中で「プツン」という音がしたのが解りました。そして、その直後から、上司・部下を怒鳴りつける等の行為を約3カ月行ってしまい、挙句の果てに心療内科に担ぎ込まれ、躁うつ病の診断を受けました。
約3カ月休職をし、薬を飲み、躁の状態は落ち着き職場に復帰したのですが、部下たちの私に対する態度は以前とは変わってしまい、完全に無視され、まるで犯罪者を見るような目で見られました。
最も信頼していた病院の副院長からも、「皆が一緒に仕事をしたくないと言っていて、私もかばい切れない」と言われ、結局自主退職となり、あまりの絶望感から、今度は極度のうつ状態になりました。
初めの3カ月は、起き上がる事も出来ず、シャワーを浴びるのと食事をするのがやっとという状態でした。いつ自殺してもおかしくない状態が長く続きました。
その後少しずつ外出も出来るようになってきましたが、最終的には薬を飲んでも治らず、自分はなんで生まれてきたのだろう、なんで自分がこんな目に会わなければならないのだろう、自分はなんて運が悪いのだろうと思いながら日々を過ごしていました。
そんな状態が約1年続いたある日、妻が図書館で満月メソッド開発者の佐藤先生の著書の『ダイヤモンド・セルフ』を偶然見つけ、借りて来てくれました。何十冊もの本を読みましたが、『ダイヤモンド・セルフ』からは他の本とは違う何かを感じました。
そして、本当の自分に目覚めれば何とかこの状態から抜け出せるかもしれないと思いインターネットのホームページを通じて問い合わせたところ、偶然、本当の自分を学ぶ教室・基礎編がその十日後に、2年ぶりに地元で開催されるとの事を知り参加しました。
家に帰り妻に相談したところ、ダメもとで受講してみればと言ってくれ、1週間後の講座に申込み、立つのもやっとの状態のなか東京の会場まで行きました。会場に向かう間、これでもし何も起きなければ、帰りはどこかで死のうという気持ちでした。
受講初日の午前中はほとんど突っ伏している状態で、講師の指示通りに出来ないような状態だったのですが、時間が経つにつれてどうにか実習をこなせるようになっていきました。そして心を掘っていき、ある瞬間、全身にバーっと湧き上がる本当の自分を体感しました。初めは何が起きたのか解らなかったのですが、やる気がみなぎってきました。そして帰るときには体が軽くなっていました。
帰りの電車の中で、このまま家に帰っても仕事もないし、家にいてもせっかく開いた本当の自分がまた元に戻ってしまうような気がして、どうしたら良いかと考えていました。すると、私の母はお惣菜店を経営しているのですが、そのことを思い出し、とにかくそのお店を手伝おうと決めました。
受講前は全くやる気の無い状態だったのに帰りにはこのような気持ちに変化していました。家に帰り、妻にいきなり「治ったよ! すごいよ! 素晴らしい!」と興奮して言ったところ、妻はまた躁を発症したのではないかと疑ったぐらいでした。
翌日、母のところに行って、感謝の気持ちを伝え、なんでもいいから仕事をさせて欲しいと言ったところ、とりあえずは、ごぼうをむいたり片づけをしたりということからでも仕事をしたらどうかとの返事でした。
そして、初日に、お店に入った瞬間に調理室が以前感じていた百倍くらい明るく見え、ビックリしました。お惣菜を買いに来てくれたお客さんに「ありがとうございました」と一言言う毎に本当に嬉しい気持ちが体中にみなぎるようになっていきました。
そしてその5カ月後に、前の仕事場の系列病院から連絡が来て放射線技師として社会復帰することが出来たのですが、それも私にとって絶妙なタイミングでした。
初受講後も講座を受講したり満月の心を深めるフォローにも参加し、自分なりにいろいろ本当の自分を追究して来ましたが、日々本当にいろいろな素晴らしいことが起きています。
また、私が躁うつ病になった原因が、自分の心を見つめていくうちに次第に解ってきました。父がギャンブルにのめり込んでしまい、多額の借金を作り、私が小学校2年生のときに蒸発してしまいました。
母子家庭となり、借金取りが毎日のように来るような状況で、母は必死に弟と私の2人を育ててくれました。父に捨てられたという絶望感から来る自分の感情と闘いながら心に蓋をして、いい子を演じ続けていたのです。
心の中では絶対に世間を見返してやるという気持ちを常に持ち、人から頼まれれば本当になんでもやり、なんとか認めてもらいたい、なんとかのし上がってやってやるという気持ちでやっているうちにバーンと弾けてしまったようなのです。
躁うつ病は一般的に一生薬を飲まけないと言われていますが、徐々に量を減らし、1年ぐらい前から一切飲まなくても大丈夫になりました。
今は浮き沈みもなく、日々いろいろなことに感謝して、過ごしています。そして私が受講した2カ月後に母が、「息子がこんなに良くなったものを母親である私が受けないわけにはいかない」と言って受講してくれた事も大きかったです。妻もその後に受講してくれました。
私の周りが本当の自分の環境となり、最近では母のお惣菜店が地元の新聞社に取り上げられたりして、もともと無添加のお惣菜店として繁盛していたのですが、日々、お客さんが増えて嬉しい悲鳴を上げています。
我が家には、小4と小1の息子がいるのですが、「パパは昔は静かでしゃべらないと思っていたけど、今はニコニコしていて、大きな声で『ただいま!』って言ってくれる」と喜んでいます。先日、授業参観で子供を見ると、大きな声で「ハイ!」と返事をしていて、すくすくと元気に育ち、本当に嬉しくて嬉しくて、感謝の気持ちで一杯です。
職場でも昔は人を近づけないオーラが出ていたようなのですが、今はどんどんスタッフも近づいて来て話し掛けてくれています。患者さんからもとても安心感があると言われます。
毎日本当に幸せです。
本当の自分のことを知らないがために苦しんでいる人が大勢いると思いますが、本当の自分を伝えることが自分の役割だと今は思っています。

